なぜ情報を制限するべきなのか?

TV、広告、ネット、メール、SNS...

私たちは毎日、溢れんばかりの情報に触れていますよね。

普通に暮らしていると、どんどん情報が飛び込んでくる情報過多の現代で、 幸せな人生を送るには、情報を意図的に絞る必要があります。

今回は、その理由をお話しします。

思考が人生を創る

人は、自分が考えた通りの人間になります。

考え方次第で、行動が変わり、人生が変わります。

だから、良い人生を送りたければ、良い考え方が必要です。

考えはどこから生まれるのか

何もない所からは考えは生まれません。

潜在意識の中に思考の素になる部分があり、 そこに蓄えられた要素によって思考は作られます。

そして、思考の素になる部分に蓄えれれているものは、 今までに、見たり聞いたり体験したりして、インプットされたことです。

だから、良い情報を入れれば、良い考えが浮かびます。ゴミみたいな情報を入れれば、ゴミみたいな考えしか浮かびません。

良い考えが得たいのなら、良い素材をインプットする必要があります。

「そうは言いきれない。インプットしていなくても、 突然ひらめきや、アイデアがパッと浮かぶことがある」 という反論があるかも知れません。

しかし、アイデアというのは全くの無から生まれるのではなく、 知っていることが組み合わされてできるものです。

自分の考えというのは、必ず見たもの、聞いたもの、体験したことなど、 インプットしたことに影響を受けています。

優れたアイデアを多数創出したアメリカの広告マン、 ジェームス・ウェブ・ヤングの著書、「アイデアのつくりかた」の言葉を借りれば、 「アイデアとは既存の要素の組み合わせ以外の何物でもない」のです。

ピューリッツァー賞を4度も受賞したアメリカの詩人、 ロバート・フロストもこう言っています。

「アイデアとは一言で言うなら、連想の産物である」

やはり、良いことを思いつくには、良い素材のインプットが必要なのです。

情報は取捨選択せよ

情報過多の現代に普通に生きていたら、余計な情報で気を散らし、 集中力が奪われ、大事なことに気付かなくなるでしょう。

余計な情報は雑念を生みます。余計な情報をインプットしてしまうと、 大事なことが何なのか、考えようともしなくなります。

アメリカ屈指のビジネス書作家、マルコム・グラッドウェルは著書、 『第1感「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』の中でこう書いています。

「実は余計な情報はただ無用なだけでなく、有害でもある。
問題をややこしくするからだ」

余計な情報に思考を奪われないためには、自分にとって何が必要な情報なのかを、 意識的に取捨選択する必要があります。

必要な情報とは何か?

自分にとって必要だと思っている情報すら、よく考えたら不要であるかも知れません。

実際、ほとんどの情報は、人生にとってはどうでもいいものです。

例えば、TVのニュース番組などは、有名人のスキャンダルや、悲惨な事件の詳細、 知らなくてもいいことだらけです。

ニュースは、良いニュースでは視聴率が取れないことは証明されているので、 ほとんどが悪いニュースです。

悪いニュースの方が視聴率が取れる理由は、人は幸せを相対的に考えるので、 自分より不幸な人を見て、その人達より自分は幸せだと感じたい という心理があるからです。

「他人の不幸は蜜の味」という心理は、数々の研究によって証明されています。

その様な情報を日常的に見ていたら、不要な情報に捉われたり、 物事を悪い方に考えるようになったり、どうしても思考に影響を与えます。

自分が望ましくないと思う情報は、 意図的にインプットしないようにするのが賢明です。

自分にとって良い情報とは、自分を幸せにし、 自分を高め、人生の価値を高めくれるれる情報です。 人生を豊かにしてくれる考え方に触れるのが一番です。

私は、良い情報を取り入れる方法として、 効率的に先人たちの知恵が得られる読書をお勧めします。

まとめ

脳に良いものを入れれば、良い考えが出る。

価値のないものを入れれば、価値のない考えが出る。

考え方次第で、人生が変わります。

良い人生を送りたければ、無駄な情報、無価値な情報は意識的にシャットアウトして、 良い情報、人生を豊かにしてくれる情報を取り入れる必要があります。

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